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受け皿銀行が見つからないとき

受け皿銀行が見つからないときは、金融再生委員会がブリッジバンク(つなぎの銀行)を設立する。そこでいったん貸し出し業務などをおこないながら、さらに、受け皿銀行を探していく。02年には、初のブリッジバンクとして日本継承銀行が設立された。この段階での猶予期間は2年間。2年経っても譲渡先が見つからない場合は、清算されてしまう。つまり、最長3年のあいだに2段階方式で譲渡先を探すのである。もちろん、分割して譲渡されるケースもある。ただし、大銀行が破綻した場合はこれと少し異なる。強制的に国営銀行にして、譲渡先を探すのだ。銀行の規模が大きければ大きいほど、日本経済におよぼすマイナスの影響は大きくなる。それをできるだけ小さくするために、国が株式を強制的に取得し、新経営陣を送り込み、リストラや資産整理をおこないつつ、受け皿銀行を探すのである。こうした処理は、日本債券信用銀行や日本長期信用銀行、足利銀行などに適用された例がある。

外国為替銀行と日本銀行

外国為替市場において、最も重要な役割を果たしているのは銀行である。個人や企業の為替取引はすべて銀行を相手として行われる。個人や企業は銀行にとっては顧客であるので、銀行と個人や企業との取引を対顧客取引という。対顧客取引か認められる銀行は、各国の通貨当局によって認められた外国為替銀行だけである。外国為替銀行は単に為替銀行、あるいは為銀と呼ばれる。日本における外国為替銀行は、都市銀行(外国為替専門銀行である東京銀行を含む)、長期信用銀行、信託銀行、その他、地方銀行や信用金庫の一部と外国銀行などである。そして、日本銀行は円・ドルレートが大きく変動する場合には、外国為替市場で自ら円やドルを売買することを通じて、円・ドルレートを安定化させたり、一定方向へ誘導しようとすることがある。これを日本銀行による外国為替市場介入(または平衡介入)という。

フロート制移行後の円・ドルレート

国際為替制度は、71年2月のニクソン大統領による金・ドル交換の停止、同12月のドル切下げ(対ドル円レートは360円がら308円に)に次いで73年2月から総フロート制(変動相場制)に移行しました。ここではフロート制移行後の円・ドルレートの変動を概観してみましょう。73年3月、1ドル=308円がらフロート制になった円は、需給の動きを反映して、260円台まで急騰しました。73年10月の第1次オイル・ショックは、石油産出国であるアメリカに対して全く石油産出のない日本経済の打撃が大きいとの判断から、再び300円近くまで円安となります。75年ベトナム戦争は終了しましたが、その後遺症でアメリカ経済は低迷します。カーター大統領の経済政策と平和外交に対する失望も加わり、ドルは大幅に下落、一時180円台までドル安・円高は進みました。


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